筆者が前職のIT推進部にいた頃、Notionの有料プラン(Plus)を全社800名に一括導入したことがある。月額にして1,500ドル超。半年後に利用率を集計したら、日常的にログインしていたのは全体の3割に満たず、結局FreeとPlusの混在運用に切り替えて年間約100万円分のライセンスを削った。

あの経験で痛感したのは、「誰が何のSaaSを使っているか」を誰も把握していない状態が、コスト膨張の根本原因だということだ。

50名以下の会社でもSaaSは平均72本ある

BetterCloudが2025年に公表した「State of SaaS 2025」によると、企業が利用するSaaSの平均本数は106本。中小規模に絞っても72本前後と報告されている。

「うちはそんなに使っていない」と思うかもしれない。だが、Google Workspace、Slack、Zoom、freee、マネーフォワード、Notion、Canva、1Password、Chatwork、Backlog。指折り数えただけで10本を超える会社は珍しくない。部署単位で個別契約しているツールを足すと、実態は経営者や管理者の認識を大きく上回る。

Gartnerは「2027年までに未使用ライセンスと機能重複による過剰支出が全体の25%に達する」と予測している。1人あたり月額500円のSaaSでも50名なら月25,000円、年間30万円。それが3本重複していれば年間90万円だ。棚卸しで回収できる金額としては無視できない。

棚卸しの情報源を押さえる

SaaS棚卸しは「今何を使っているか」を正確に把握するところから始まる。50名以下の企業では、以下の3つの情報源からデータを引くのが現実的だ。

経費精算データとコーポレートカード明細

過去12か月分のクレジットカード明細と経費精算データを抽出する。SaaS契約の多くはカード決済で自動引き落としされているため、「Stripe」「Paddle」「PayPal」などの決済代行名で明細を検索するだけでも、IT部門が把握していない契約が出てくることがある。BetterCloudの同調査では、21%の組織が「従業員が独自に契約・経費処理したSaaS」を発見したと報告している。

Google Workspace / Microsoft 365のOAuth連携ログ

Google Workspaceの管理コンソール(管理 > セキュリティ > API の制御 > サードパーティのアプリのアクセス)を開くと、社員がGoogleアカウントで認証連携しているSaaS一覧を確認できる。Microsoft 365の場合はEntra ID(旧Azure AD)のエンタープライズアプリケーション画面が該当する。筆者のコンサル先でも50名規模の会社でOAuth連携済みアプリが40本以上見つかったケースがあった。IT部門が知らないツールが並んでいることは珍しくない。

社内ヒアリング(1人5分で済む)

上記2つではカバーしきれない無料プランのSaaSもある。Slackやメールで「業務で使っているWebサービスを全部教えてください」と1回聞く。回答率を上げるコツは聞く項目を「サービス名・URL・用途・頻度」の4つに絞ることだ。Googleフォームで3分以内に回答できる形にすれば、回収率は7割を超えると読める。

スプレッドシートに記録する項目

棚卸しの結果はGoogleスプレッドシートかExcelに集約する。50名以下ならSaaS管理ツールは不要だ。以下の項目を列にして1行1サービスで記入する。

列名記入内容目的
サービス名Slack, Notion, Zoom 等一覧化
契約プランFree / Pro / Business 等ダウングレード判断
契約者契約したメールアドレス退職者のアカウント検出
ライセンス数契約上の上限人数過剰契約の特定
実利用者数過去30日にログインした人数利用率の算出
月額単価1ライセンスあたりの金額コスト試算
年額合計月額 × ライセンス数 × 12年間インパクト
更新日次回の契約更新日解約タイミングの管理
自動更新あり / なし意図しない課金の防止
代替可否他ツールで代替できるか統合判断

「実利用者数」の列が最も重要だ。契約ライセンス数と実利用者数を並べた瞬間に、コスト削減の候補が可視化される。筆者の経験上、ライセンス数と実利用者数の乖離が30%を超えるSaaSは、プランのダウングレードか部分解約を検討する価値がある。

解約判断の損益分岐を計算する

棚卸しが済んだら、次は「何を切るか」の判断だ。全部残すのは論外だが、安易にまとめて解約するのも危険で、移行コストや業務影響を織り込んだ損益分岐で判断すべきだ。

判断基準は3つある。

利用率が20%未満のSaaSは即座に解約候補に入れる。50名の会社で10名しか使っていないSaaSに月額50,000円を払い続ける合理性はない。年間60万円の回収だ。

機能が重複しているSaaSも統合対象になる。よく見かけるパターンを表にした。

重複パターン統合先の候補年間削減額の目安(50名)
Slack + Chatwork 併用どちらか一方に統一約50万〜70万円
Zoom + Google Meet + TeamsGoogle WorkspaceかM365に寄せる約30万〜50万円
Notion + Backlog + Trelloプロジェクト管理を1本に約20万〜40万円
1Password + LastPassどちらか一方に統一約10万〜20万円

筆者のコンサル先(従業員45名のスタートアップ)では、SlackとChatworkの併用を解消してSlack一本に寄せた結果、ChatworkのBusinessプラン分として年間約55万円を削減した。加えて情報の分散がなくなったことで「どっちに書いたか探す」時間が消え、1人あたり週15分程度の検索時間を圧縮できた。時給2,000円で45名なら週22,500円、月9万円、年間108万円相当の機会費用が浮いた計算になる。

自動更新日が迫っているSaaSは最優先で判断する。多くのSaaSは年額契約の自動更新で、解約通知期限を過ぎると翌年分が丸ごと請求される。棚卸しシートの「更新日」列を昇順ソートして、直近3か月以内に更新を迎える契約から着手するのが合理的だ。BetterCloudの調査でも、40%の組織が更新日をカレンダーやスプレッドシートで手動管理していると報告されており、この方法は規模を問わず通用する。

SaaS管理ツールの導入ラインは50名が分岐点

ここまでの棚卸しをスプレッドシートで回せるのは50名以下の規模に限る。それを超えると、手動更新の工数が削減効果を食い始める。

2026年5月時点で日本の中小企業向けSaaS管理ツールとして代表的なのはAdmina by マネーフォワードジョーシスメタップスクラウドの3つだ。月額は1ユーザーあたり300〜500円前後で、50名なら月15,000〜25,000円、年間18万〜30万円のコストが加わる。

このコストに見合うかは、棚卸しで発見した未使用ライセンスの金額で判断する。年間30万円以上の削減が見込めるなら、管理ツールのROIは初年度でプラスに転じると試算できる。見込めないなら、四半期ごとにスプレッドシートを手動更新する運用で十分だ。

なお、SaaS管理ツールの料金体系は頻繁に改定される。ここで挙げた金額は2026年5月時点のものであり、導入検討時には各社の最新料金ページを確認することを勧める。

FAQ

退職した社員のSaaSアカウントが残っているか確認する方法は?

棚卸しシートの「契約者」列と人事の在籍者リストを突合する。Google WorkspaceやMicrosoft 365の管理コンソールで「停止済みユーザー」のOAuth連携アプリを確認すれば、退職者名義で残っているSaaS契約を特定できる。

SaaSの棚卸しはどのくらいの頻度でやるべき?

50名以下の企業なら四半期に1回、30分〜1時間程度で十分だ。初回だけは情報源の洗い出しに半日かかるが、2回目以降はスプレッドシートの差分更新で済む。

無料プランのSaaSも棚卸し対象にすべき?

コスト面では不要だが、セキュリティの観点では対象にすべきだ。無料プランでも業務データが保存されていれば、退職者のアクセス権が残るリスクがある。BetterCloudの調査では55%の従業員がIT部門を通さずにSaaSを導入しており、その多くが無料プランから始まっている。

年額契約のSaaSを途中解約したら返金される?

多くのSaaSは年額契約の途中解約に対して返金しない規約を設けている。解約ではなく「次回更新時にダウングレードまたは不更新」とするのが現実的だ。更新日の30日前までに通知が必要なサービスも多いため、棚卸しシートの更新日列を必ず管理すること。

参考文献