コンサル先のスタートアップ(50名規模)でSaaSの棚卸しを初めて実施したとき、IT部門が把握していない契約が40本以上見つかった。個人のクレジットカードで契約されたChatGPTの有料プランだけで12アカウント、うち週3回以上使っていたのは5名だけ。残り7名分のライセンス費は、文字通り捨てていたのと同じだった。

結論。50名規模の会社なら、SaaS棚卸しは管理者1名・スプレッドシート1枚で十分回る。SaaS管理ツール(年間60万〜200万円)を導入する前に、まず手動で全体像を可視化するのが合理的だ。

SaaSの月額合計を即答できるIT担当者がほぼいない理由

SaaSの契約は3つのルートで散らばる。IT部門が一括契約したもの、部門長が稟議を通して個別契約したもの、そして社員が個人のクレジットカードで勝手に契約したもの。3つ目が最も厄介で、経理の請求書には一切出てこない。

筆者が前職のIT推進部で800名規模の組織を管理していたときも同じだった。Google Workspaceの管理コンソールからOAuth連携アプリを洗い出したところ、把握していないアプリが40本以上。50名規模の会社でも状況は変わらない。むしろ「IT担当がいない」「経理が兼任」という環境のほうが、契約の散らばりは深刻になる。

Admina by Money Forwardの解説によれば、企業が契約するSaaSの約30〜50%は十分に活用されていないとされる。50名規模で月額SaaS費用の合計が50万円だとすると、15万〜25万円が毎月無駄に流れている計算だ。年間にすれば180万〜300万円。この数字を前にして「棚卸しは後回し」と言える会社は少ないはずだ。

スプレッドシート1枚から始めるSaaS棚卸しの手順

棚卸しに専用ツールは不要だ。Googleスプレッドシートに以下の列を作り、1行1サービスで埋めていく。

記入内容目的
サービス名Slack / Notion / Zoom 等一覧化
契約形態全社 / 部門 / 個人管理責任の特定
月額費用プラン名+単価×人数コスト把握
更新月年間契約の場合の自動更新日解約タイミング管理
利用率週1回以上ログインしている人数÷契約人数削減判断の根拠
代替可否他ツールで代替できるか統合判断

洗い出しのソースは3つある。

Google Workspace管理コンソールを開き、「セキュリティ > APIの制御 > サードパーティのアプリ」に進む。社員がGoogleアカウントで認証連携しているSaaSの一覧が出る。Google Workspace管理者ヘルプの手順に沿えば30分で完了する。Microsoft 365環境ならMicrosoft Entra管理センターのエンタープライズアプリ一覧で同じことができる。

経理の請求データも重要なソースだ。クレジットカード明細と銀行振込の履歴から「SaaS」「subscription」に該当する支出を抜き出す。見落としがちなのは年1回払いの請求で、前年度の明細まで遡る必要がある。

全社アンケート(5分で終わる設計にする)も併用する。「業務で使っているWebサービスを全部書いてください」というGoogleフォームを全社に投げる。自由記述ではなく選択式+その他にすると回収率が上がる。筆者の経験では、回収率80%を超えればIT部門の把握率は2倍以上になった。

この3ソースを突き合わせると、契約の全体像がほぼ見える。初回の作業時間は管理者1名で3〜4時間、時給3,000円換算で約1万円のコスト。年間100万円の削減効果に対してROIは十分すぎる。

利用率40%以下のSaaSはどう判断するか

棚卸しで最も判断が難しいのが「使われているが、十分には使われていない」ツールの扱いだ。

筆者が判断基準にしているのは利用率40%のラインになる。前職でNotionのPlusプランを800名に全社展開したとき、半年後のアクティブ率が40%にとどまった。実際に使い込んでいたのは3チームだけで、残りはFreeプランで十分。月額1,500ドル超が6ヶ月間、ほぼ燃えていた計算だ。この失敗から、利用率40%以下のSaaSは「全社契約の前提が崩れている」と判断するようにしている。

仕分けの基準を表にまとめる。

利用率判断アクション
70%以上継続プランの最適化のみ検討
40〜70%縮小パワーユーザーだけ有料プランに残し、残りは無料プランか代替ツールへ
40%未満撤退 or 全社解約代替ツールの有無を確認し、移行スケジュールを切る

コンサル先でChatGPTの個人課金を調査した際も同じパターンだった。有料プラン契約者12名のうち、週3回以上ログインしていたのは5名。パワーユーザー5名だけをChatGPT Teamプランに移行し、残り7名は無料プランに切り替えた。年間約25万円のコスト削減だ。

注意すべきは、利用率の「分母」を正しく取ること。契約アカウント数ではなく「その業務に関わる社員数」を分母にする。営業チーム10名中8名が使っていれば利用率80%だが、全社50名で割ると16%になる。同じツールでも分母の取り方で結論が逆転する。

重複ツールの統合で最大の削減効果が出る

棚卸しで最もインパクトが大きいのは、同じ機能を持つツールの併用解消だ。

コンサル先のスタートアップ(45名規模)では、SlackとChatworkを併用していた。部署によって使うツールが違い、全社連絡はChatwork、開発チームはSlackという状態が1年以上続いていた。ライセンス費だけでChatwork Businessプランが年間約55万円。加えて「あの情報はどっちに書いた?」という検索コストが社員1人あたり週15分発生しており、時給2,000円×45名で換算すると年間108万円相当の機会費用になっていた。

Slackに一本化した結果、ライセンス費55万円+機会費用108万円で合計年間163万円の削減。移行期間は2週間、管理者の工数は約10時間で済んだ。過去ログの全量移行はやらなかった。直近3ヶ月のピン留めメッセージとファイルリンクだけを新環境に固定投稿し、旧ツールは30日間読み取り専用で残す。これで大半のメンバーが納得した。

2026年6月時点で、50名規模の会社に多い重複パターンは以下の通りだ。

機能よくある併用統合後の推奨
ビジネスチャットSlack+Chatwork / Teams+LINE WORKS1ツールに統一(移行2週間目安)
ファイル共有Google Drive+Dropbox+OneDriveGoogle WorkspaceまたはMicrosoft 365に寄せる
タスク管理Notion+Trello+Backlogメインツール1本+開発用1本に絞る
Web会議Zoom+Teams+Meetグループウェア付属のツールに寄せる

統合の優先度は「ライセンス費の差額が大きいもの」から着手する。ビジネスチャットの統合は1件で年間50万〜160万円の効果が出るため、最優先だ。ファイル共有はグループウェアに寄せるだけで済むケースが多く、追加コストなしで重複を解消できる。

棚卸しは「年2回・各3時間」で維持できる

初回の棚卸しで全体像を可視化したら、以降は半年に1回、差分チェックだけでいい。Google Workspace管理コンソールのOAuth連携リストを再確認し、新たに増えたSaaSと退職者のゾンビアカウントを洗い出す。1回あたり2〜3時間、年間で6時間。時給3,000円換算で年間18,000円のコストだ。

SaaS管理ツール(zooba、Admina、ジョーシス等)は50名規模だと年間60万〜200万円のライセンス費がかかる。管理者1名のスプレッドシート運用で年間18,000円と比較すれば、導入の損益分岐は200名以上の組織だと筆者は判断する。50名規模なら手動運用の方が合理的だ。

棚卸し結果をスプレッドシートに蓄積していくと、翌年の予算策定にもそのまま使える。数字は2026年6月時点のもので、各SaaSのプラン改定があれば再計算が必要になる。ただ、棚卸しの枠組み自体は変わらない。「SaaSに年間いくら使っているか」を数字で答えられるIT担当者がいる会社は、そうでない会社とコスト意識の差が年々開いていく。

FAQ

SaaS棚卸しはどのくらいの頻度でやるべき?

初回は半日(3〜4時間)かけて全体像を把握し、以降は半年に1回、2〜3時間の差分チェックで十分だ。年間6時間の投資で、ライセンスの無駄遣いを継続的に防げる。

SaaS管理ツールを入れたほうがいいのはどんな会社?

社員数200名以上、もしくはSaaS契約数が100本を超える組織が目安になる。50名規模なら管理コンソール+スプレッドシートで年間18,000円の管理コストに収まるため、年間60万円以上の管理ツールはROIが合わない。

社員が個人クレカで契約したSaaSも把握できる?

Google Workspaceの管理コンソールでOAuth連携アプリを確認すれば、Googleアカウント経由で認証しているSaaSは検出できる。ただしGoogle認証を使っていないサービスは漏れるため、全社アンケートとの併用が必要だ。

利用率の計測にログイン頻度以外の指標はある?

SaaSによっては管理画面でアクティブユーザー数やAPI呼び出し回数を確認できる。ただし50名規模では、週1回以上のログイン有無だけで実用的な判断は可能だ。厳密な計測に時間をかけすぎると、棚卸し自体のROIが悪化する。

参考文献