SaaSの全容は「3ソース」を突き合わせないと見えない

筆者がコンサル先の50名規模のスタートアップでSaaS棚卸しを実施した際、IT担当者に「御社でいま何本のSaaSを使っていますか」と聞いた。返ってきた答えは「たぶん15本くらい」。実際に洗い出したら34本で、そのうちIT部門が把握していなかったものが19本あった。

結論から言うと、SaaSの全容を把握するには「管理コンソール」「クレカ明細」「全社アンケート」の3つの情報源を突き合わせるしかない。どれか1つだけでは必ず漏れる。

BOXILの調査(2024年版)によれば、日本企業の約30%が11本以上のSaaSを利用している。50名規模でも20〜40本に達するケースは珍しくない。問題は全体像を一元管理している担当者がどこにもいないことだ。

IT担当者の記憶に頼ると4割が漏れる

SaaS契約は3つのルートから組織に入り込む。IT部門が正規に契約したもの、各部署が独自に導入したもの、そして個人のクレジットカードで契約しているものだ。

筆者の経験では、50名規模の組織でIT部門が把握しているSaaSは全体の50〜60%にとどまる。残りはいわゆるシャドーITだ。あるコンサル先でGoogle Workspaceの管理コンソールからOAuth連携アプリを洗い出したところ、IT部門の想定をはるかに超える40本以上が見つかった。

この「見えない40%」の中に、業務データを保存した無料SaaSや、個人課金で会社メールアドレスを使って登録したAIツールが含まれている。セキュリティリスクとコストの二重の問題が、可視化されないまま放置されている状態だ。

3ソース突き合わせの手順

所要時間は50名規模で初回約3〜4時間。以下が筆者の実際の進め方だ。

ソース1: Google Workspace(またはMicrosoft 365)管理コンソール

Google Workspaceの場合、管理コンソールで「セキュリティ」→「APIの制御」→「サードパーティのアプリ」を開く。社員がGoogleアカウントでOAuth認証したSaaS一覧が表示される。Google Workspace管理者ヘルプのOAuthログイベントを参照すれば、いつ・誰が・どのアプリを認証したかまで遡れる。所要30分。

Microsoft 365環境なら、Microsoft Entra管理センターの「エンタープライズアプリケーション」から同等の情報が取れる。

ただし管理コンソールで捕捉できるのは「OAuth連携済みのSaaS」だけだ。メールアドレスとパスワードだけで登録したサービスはここには出てこない。

ソース2: 経理のクレカ明細・請求書

法人カードや経理の支払い記録を過去12ヶ月分さかのぼる。SaaSの月額課金は「SLACK TECHNOLOGIES」「ZOOM.US」「NOTION LABS」のような英語名で明細に載るため、検索は比較的容易だ。所要1時間。

ここで見つかるのは「会社が払っているSaaS」に限られる。個人カードで契約して経費精算を出していないSaaSは、次のソースでしか見えない。

ソース3: 全社アンケート(5問・回答3分)

Googleフォームで以下の5問だけ聞く。

  1. 業務で使っているWebサービス・アプリをすべて記入してください
  2. そのうち、自分のクレジットカードで有料プランを契約しているものはありますか
  3. 「Googleでログイン」「Microsoftでログイン」で登録したサービスを覚えている範囲で書いてください
  4. 業務データ(顧客情報・社内資料など)を保存しているサービスはどれですか
  5. 週に3回以上使っているサービスはどれですか

回答率を上げるコツは、記入時間を3分以内に抑えること。「覚えている範囲で」と書き添えるだけで心理的ハードルが下がる。集計に1時間。

突き合わせの結果

筆者がコンサル先で実施した際、管理コンソールだけでは見えなかったSaaSが12本、クレカ明細だけでは見えなかったSaaSが8本、アンケートでしか判明しなかったSaaSが5本あった。3つ重ねて初めて全体像が出る。台帳の作成に1時間。合計3〜4時間で棚卸しは完了する。

台帳のフォーマットと「利用率40%ライン」での仕分け

洗い出したSaaSはGoogleスプレッドシート1枚に集約する。必要な列は8つだ。

記載内容記入例
SaaS名サービス名Slack
用途何に使っているか社内チャット
契約プランFree / Pro / Business等Pro
月額コスト税込の実支払い額¥46,750
ライセンス数契約中のアカウント数50
実利用者数週1回以上ログインしている人数48
契約更新日次回の自動更新日2026-12-01
管理者契約・解約権限を持つ人田中(情シス)

仕分けの基準は「利用率40%」で線を引く。ライセンス数に対して実利用者が40%未満のSaaSは、プランの縮小か解約を検討する対象だ。

筆者が前職で800名規模のNotionのPlusプランを全社展開した際、半年後のアクティブ率が40%にとどまった。月額1,500ドル超のコストに対して実際に使い込んでいたのは3チームだけで、FreeとPlusの混在運用に切り替えて月額を6割カットした。この40%ラインは50名でも800名でも同じように機能する判断基準だと考えるべきだ。

SaaS管理ツールは50名規模で必要か

50名規模では、専用のSaaS管理ツールに年間数十万円を払う合理性はほぼない。

2026年7月時点で主要なSaaS管理ツールの価格帯は以下の通りだ。

ツール名月額目安(50名)年間コスト主な機能
マネーフォワード Admina無料(50IDまで)¥0SaaS一覧・コスト可視化
OPTiM サスマネ¥13,750¥165,000利用状況・コスト管理
ジョーシス要問い合わせ¥600,000〜IT資産・SaaS統合管理

マネーフォワード Adminaは50IDまで無料なので、使える環境なら導入しておいて損はない。ただし棚卸し自体はスプレッドシートと管理コンソールの組み合わせで回る。初回の洗い出しに3〜4時間、月次の差分チェックに15分。時給3,000円換算で年間の管理コストは約15,000円だ。

年間60万〜180万円のSaaS管理ツールが合理的になるのは、おおむね200名を超えてからと判断する。50名規模でこの費用をかけると、棚卸しで削減できるコストを管理ツールの費用が上回る逆転が起きやすい。数字は2026年7月時点の価格であり、プラン改定があれば再計算が必要だ。

棚卸し後の運用: 半年サイクルで維持する

棚卸しは1回で終わりではない。SaaSは毎月のように新しいサービスが組織に入り込む。

推奨する運用サイクルは半年ごとの定期棚卸しだ。Googleカレンダーに1月と7月のリマインダーを設定し、前回の台帳と管理コンソールの差分を確認する。新たにOAuth連携されたアプリがあれば台帳に追記し、利用率40%未満のSaaSがあればプラン見直しを検討する。15分で終わる。

あるコンサル先では、初回棚卸しで自動更新の解約忘れが3件見つかり、合計年間約42万円の無駄を解消できた。3〜4時間の初期投資に対して42万円の回収。これだけで棚卸しの投資対効果は十分に成立する。

FAQ

棚卸しにかかる時間はどのくらい?

50名規模で初回は3〜4時間が目安。管理コンソールの確認に30分、クレカ明細の遡りに1時間、アンケート集計に1時間、台帳作成に1時間。2回目以降の差分チェックは15分で済む。

Microsoft 365環境でも同じ手順で棚卸しできる?

できる。Google Workspace管理コンソールの代わりにMicrosoft Entra管理センターの「エンタープライズアプリケーション」を使う。OAuth連携アプリの一覧が同様に取得できるため、Entra+クレカ明細+アンケートの3ソースで構造は同じだ。

個人クレジットカードで契約しているSaaSも棚卸し対象にすべき?

対象にすべきだ。筆者がコンサル先でアンケートを実施した際、ChatGPTの有料プランを個人カードで契約していた社員が12名見つかった。うち週3回以上使っていたのは5名だけで、残り7名はGoogle Workspace内蔵のGeminiに切り替えることで年間約25万円のコスト削減につながった。

棚卸しの結果SaaSが多すぎた場合、どこから手をつける?

まず「機能が重複しているSaaS」から統合を検討する。チャットツールの併用やストレージの分散は、統合するだけでライセンス費と情報検索の機会費用を同時に削減できる。次に利用率40%未満のSaaSのプラン縮小に着手するのが合理的だ。

参考文献